お誘いを受け!旅に出ました。永平寺!編
「永平寺」は、今から約七七〇年前の寛元二年(1244)道元禅師によって開かれた座禅修行の道場です。境内は三方を山に囲まれた深山幽谷の地に大小七〇余りの建物が並んでいます。e0069615_0213043.jpge0069615_0214238.jpg
永平寺を開いた道元禅師は正治二年(1200)京都生まれ、14歳の時に比叡山で出家し、24歳の春、中国に渡り天童山の如浄禅師ひついて厳しい修行をして、お釈迦さまから伝わった「座禅」と言う正しい仏の教えを受け継いで日本に帰国しました。e0069615_0215310.jpge0069615_022532.jpg
初め京都に道場を作ったが、寛元元年(1243)、波多野義重公の要請も有り越前の国(福井県)に移って永平寺を開いたのです。と、パンフレットに書いて有りました。現在は曹洞宗の大本山として、僧侶の育成と檀信徒の信仰の源となっている。e0069615_0221619.jpge0069615_0222646.jpg
吉祥閣、ビニール袋を渡され靴を入れて携帯します。ここからが始まりです。こちらの部屋で人数うが揃うまで待ちました。その後、お坊様の注意事項に建物の説明が有りました。さすが説法を唱える修行をしているからか、声も通り、分かり易かった。注意事項は一、参拝は心身を整え左側通行で静かにお参りください。一、鐘や太鼓などの鳴らし物、軸、聯、額には手を触れないでください。一、修行僧には直接カメラを向けないでください。一、酒類に酔って他人に迷惑をかけない様に願います。一、山内は禁煙となっております。一、携帯電話は着信音の鳴らない状態でお持ちください。一、廊下の外、建物の外には出ない様おねがいします。でした。e0069615_0223649.jpge0069615_0224623.jpg
では最初の建物「傘松閣」に進みましょう!平成六年(1994)の改築で、1階は参拝者の為の控室や研修・宿泊の為の部屋が有ります。2階は156畳敷きの大広間で、昭和五年(1930)建築当時の天井絵をそのまま修復した、別名「絵天井の大広間」が有ります。天井絵は昭和五年当時の著名な画家144名による230枚の花や鳥を中心に描かれた美しい色彩画です。e0069615_0225643.jpge0069615_023831.jpg
寺院の建物の事を一般に伽藍と呼びます。僧侶が修行をする清浄な場所という意味が有ります。この中で特に七っのお堂は「七堂伽藍」と呼ばれ、日常の修行に欠かす事の出来ない重要な建物です。通路を進み右手上に中雀門が!参拝順路順に従って廊下は左側通行です。e0069615_0231779.jpge0069615_0232896.jpg
「仏殿」七堂伽藍の中心に位置し永平寺の御本尊、釈迦牟尼仏が祀られて居ます。e0069615_0233971.jpge0069615_0235027.jpg
「仏殿」の正面の写真です。右は「山門[」の裏側の写真です。e0069615_024058.jpge0069615_024102.jpg
大変、有り難い感じを醸し出しています。参拝順路は階段が多いですそれも急で長い!e0069615_0242150.jpge0069615_024335.jpg
「法堂」天保十四年(1843)に改築された、禅師の説法の道場で朝のお勤め等の各種法要もここで行われる。中央には本尊「聖観世音菩薩」をお祀りし、階段の左右には阿吽の白獅子が置かれています。七堂伽藍の中で最も高いところに位置します。e0069615_024448.jpge0069615_0245567.jpg
「承陽殿」と「承陽門」明治十四年(1881)の改築で、永平寺の御開山道元禅師の御真廟いわばお墓(お霊屋)であり日本曹洞宗の発祥の根元として曹洞宗の聖地とでも言うべき場所です
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今度は、急な長い階段を降ります。「端雲閣」と有りました。e0069615_025286.jpge0069615_0253897.jpg
一文字廊を通った記憶がない?どこか伽藍の一つの中です。e0069615_0254833.jpge0069615_0255929.jpg
「大庫院」です。昭和五年(1930)の改築で、1階には食事を作る典座寮と呼ばれる台所があり、玄関の正面には足の速いことで有名な「韋駄尊天」が祀られ、右側の柱には永平寺で有名な「大すりこぎ棒」が掛かっています!
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山門から見た中雀門?右の写真が「鍾楼堂」NHKで毎年恒例の行く年くる年で放映される「除夜の鐘」でも有名な大梵鍾です。重さが約5トンです。昭和38年(1963)の改築で中に吊るされました。大梵鍾は一日に朝・昼・夕方・夜、1撞きごとにお拝をして四回、修行僧が撞きます。e0069615_0263268.jpge0069615_0264335.jpg
「山門の四天王」山門は、寛延二年(1749)に再建された中国唐時代様式の楼閣門で、両側に仏教の守護神である写真の四天王が安置されています。見上げれば吉祥山永平寺の命名の由来である「吉祥の額」が掲げて有るそうでしたが、見落としました。残念!e0069615_0265449.jpge0069615_027648.jpg
「山門」から見上げた「仏殿」でしょうか?それに「報恩塔」写経を納める塔です。e0069615_0271911.jpge0069615_0273099.jpg
「大祠堂殿」全国各地の信徒から納められる御位牌を安置し、奥殿中央に地蔵菩薩を祀り、各種法要が行われている。全国各地の信徒から納められた御分骨は、道元禅師始め歴代禅師の眠る聖域に合祀され、永代祠堂の諸精霊と共に、毎朝の勤行にて懇ろに供養されている。
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参拝に当たって説明して頂いたお坊さまがおっしゃっていらっしゃいました。ここでは歩く仕草までも修行なんですよ!と今、仕事と別れを告げた身として、大変、有り難いお言葉を頂きました。
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by van-shop | 2016-04-26 00:29 | | Comments(0)
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